救急現場で思うように動いてくれない部下についつい声を荒げてしまった。同僚との意見の食い違いで怒鳴り合いに発展。上司の理不尽な説教に耐えきれずキレてしまった。
皆さんにはこんな経験ありませんか?
冷静になって考えてみれば、なぜあんなに怒ってしまったのだろう。後悔しても時間は戻ってこない。
怒りは人間の持つ自然な感情です。しかし、頻繁に表に出すと人間関係に亀裂が入ってしまいます。
また近年はパワーハラスメントとして処分の対象になることさえあるのです。
この記事では怒りのコントロール方法として「アンガーマネジメント」について解説します。
・救急救命士のアンガーマネジメントとは
・職場における最適な自己主張方法
・救急救命士エピソード紹介

こんにちは。民間救急救命士歴15年、元消防士のKIDです。
現在はコミュニケーション向上の推進者として社内講師も務めています。
怒りは人間の持つ自然な感情なので悪いものではありません。
しかしより良いコミュニケーションを目指す上では弊害となります。
今回の記事では私が実践しているアンガーマネジメントについてご紹介します。
目次

アンガーマネジメントとは怒りをコントロールする手法のことです。
怒りは身の危険を感じたり、自分の思い通りに事が運ばない時に起こる感情の防衛本能の一つです。
私たちの先祖は怒る事でアドレナリンを体中に放出し外敵から身を守ってきました。
その本能が現代社会では自身のパフォーマンスを下げ、コミュニケーションを阻害し人間関係を破壊します。
救急救命士がアンガーマネジメントを身につけると以下の利点があります。
・救急活動におけるパフォーマンスが下がらない
・職場の人間関係が良好になる
・部下のやる気が上がる
「怒りで我を忘れる」という言葉が示す通り、怒る事で冷静さは失われ、救急救命士としてのパフォーマンスは確実に低下します。
また、その怒りのせいで他の隊員にも無用なプレッシャーがかかり、チームとしての活動能力も下がってしまうのです。
このような状況が続けば救急活動はもちろんのこと、職場の人間関係悪化や部下のモチベーション低下は想像に難しくありません。
救急救命士は病院前救急医療のプロ、なにより社会人として自分の感情をコントロールする必要があるのです。

アンガーマネジメントかぁ。
僕の学校にも怖い先生がいるけど、怒られるとビクビクして勉強に集中できないよ。

怒りの感情は自分だけではなく相手にも心理的に大きな影響を及ぼす。
人間だからイライラすることもあるけど、やっぱりそれは抑えなきゃいけないよね。
ここからはアンガーマネジメントの具体的方法を解説していくよ。
第一感情・第二感情
人間には第一感情、第二感情という2種類の感情があります。
すぐ怒る人を「瞬間湯沸かし器」なんて表現することがありますが、実は怒りとは突然湧いてくる感情ではありません。
第一感情である「不安」「辛い」「不満」などの感情が前段階にあり、それが溢れると第二感情である怒りが表れるのです。
下の図のように怒りである第二感情とは氷山の一角のようなもの。その下には見えない多くの第一感情が隠れているのです。

これらの第一感情は外からは見えにくいので、相手は突然あなたが怒り出したと感じるのです。
人には「心の器」がありその大きさは千差万別。そこに第一感情が蓄積されていき溢れると第二感情である怒りが表れます。
裏を返せばこの心の器が溢れる前に中身の第一感情を外に出すことができれば、怒りをコントロールすることが可能となる。
これがアンガーマネジメントの基本的な考え方です。

第一感情と第二感情かぁ、始めて知ったよ。
確かに嫌なことがたくさん重なるとイライラしちゃうかも。

怒りを抑えるポイントは第一感情を溜めないこと。
趣味やスポーツで気分転換したり、家族や友人に話を聴いてもらって発散するのも有効だね。
次は怒りを上手くコントロールするための3つの方法を紹介するよ!
衝動のコントロール

1つ目の怒りのコントロール方法は「衝動のコントロール」。
実は怒りの感情のピークは「最初の6秒」といわれています。
人は怒ったとき最初の6秒間にアドレナリンが強く出るためです。
ここを凌ぐことができれば怒りの爆発を抑えソフトランディングも可能。
怒りのピークをやり過ごすオススメ方法をご紹介します。
・6秒かけて深呼吸する
・100から6ずつ引いた数を心の中で数える
・「キレたら負け」と心の中で唱える
アドレナリンは救急救命士にとって心肺停止傷病者に使える唯一の薬剤です。
救急救命士の学校でも交感神経の働きを更新し心拍数や血糖値を上げる作用があると習いましたね。
このアドレナリンは元々「闘争のホルモン」常に冷静でいる必要がある救急現場では不要の長物なのです。
もし怒りを感じたらアドレナリン放出のピークを認識し、衝動をコントロールしましょう。

アドレナリンて戦うホルモンなんだね。
怒りなんてない方がいいのにどうしてそんなものがあるんだろう?

人間て大昔から遺伝子や体のつくりはほとんど変わっていないんだ。
今は幸い平和な時代だけど、昔は外的と戦わなければ生きていけなかった。
その名残がきずなやパパの中にも残っているんだよ。
思考のコントロール

2つ目の怒りのコントロール方法は「思考のコントロール」。
怒りの原因のほとんどは自分と相手の考え方のギャップから生まれます。
消防で働く皆さんは自分でも気づかぬうちに自然と消防救急救命士とは「こうあるべき」という固定観念を持っていきます。
「上司は部下に弱みを見せてはいけない」「後輩は先輩に意見してはならない」「救急隊員は傷病者や家族より立場が上」知らず知らずのうちにこんな風に考えてはいないでしょうか?
自分の常識は相手とは違う。このことを認識できると相手への許容度が増し怒りの発生を抑えることができます。

消防のような伝統ある組織には必ず図のようなこうあるべきという固定観念があります。
消防の伝統は本当に素晴らしいし守るべきものですが、それが世代間ギャップとなり昨今、上司がパワハラで懲戒される、若手が辞めるという事態が頻発しているのも事実。
自分の中にある「こうあるべき」の境界線を広げることで、ギャップによる怒りをコントロールしましょう。

自分と相手とのギャップかぁ、僕にはあまり理解できないな。

子供は考え方が柔軟だからどんなことでも受け止められるんだよね。
パパ達大人の方こそきずな達から学ばなきゃいけないのかもね!!
行動のコントロール

最後の怒りのコントロール方法は「行動のコントロール」です。
行動することで怒りをコントロールできる場合は積極的に行動しましょう。
オススメの行動はコーチングに代表される「傾聴と承認」によるコミュニケーションです。
人に話を聴いてもらったり認めてもらえると、第一感情を上手く外に逃がすことができます。
逆に行動しても変えられないことは放っておくことが得策になります。

救急現場で思うように動けない部下にイライラするのであれば、それは重要且つ自分で変えられる問題なので積極的にアドバイスしたり、訓練でスキルを身につけさせるよう行動するべきです。
逆に人事や天気など自分では変えられないものについては、ストレス溜めないように工夫したり、気にしないようにすることで怒りをコントロールしましょう。
上の図の救急バック内が乱雑の対処は、自分と他の隊員の「こうあるべき」を一度考えてから行動した方が良さそうですね。

重要で自分で変えられることかぁ。この前テストで60点取っちゃった。
テストの点数を上げるためにはやっぱりたくさん勉強するしかないよね!

そのとおり!自分で変えられることはどんどん行動していこう。
逆に自分で変えられないものは諦めてしまう方がイライラしなくて済むよね!

ここまで怒りの発生原因とコントロールの方法をご紹介してきました。
第二感情である怒りの発生を抑えるには、前段階である第一感情を相手に上手に伝える必要があります。
相手と対等な立場に立って自己主張することを「アサーション」と言います。
自己主張には「アグレッシブ」「アサーティブ」「ノン・アサーティブ」の3つのタイプがあり理想的なコミュニケーションの形はアサーティブ。

自分の主張を相手に嫌な思いをさせずに伝えることを意識しましょう。
ここでは救急活動を例として3つの自己主張についてご紹介します。
アグレッシブな自己主張
アグレッシブな自己主張とは自分の意見を優先して相手を屈服させたり言い負かしたりすることです。
消防の上下関係ではこれが当たり前のように使われているのではないでしょうか?
アグレッシブでは言った本人の第一感情は収まっても言われた相手の第一感情が溜まるので「WINーLOSE」のコミュニケーションになってしまいます。
それでは会話形式でアグレッシブな自己主張を確認してみましょう。

後輩!さっきの救急活動はなんだ(怒)
俺の指示通りに全然動けていないじゃないか!!

すいません。
初めて経験する事例で緊張してしまって・・・

言い訳するな!それでも本当に救急救命士なのか?
現場に出たらベテランも新人も関係ない。
俺の言うこと無視したら許さないぞ!
(怒りが収まってスッキリ)

わかりました。今後気を付けます。
(一方的に怒られてモヤモヤ)
この例では先輩さんは一方的に後輩くんに対しアグレッシブな自己主張を行っています。
先輩さんは自己主張して気持ちがスッキリしましたが、後輩くんは怒られたことで辛いや苦しいといったような第一感情が溜まってしまいました。
後輩くんの知識や経験不足という問題点も解決されていないのでまた同じようなことが繰り返されることでしょう。
ノン・アサーティブな自己主張
ノン・アサーティブな自己主張とは相手を立てるため自分を犠牲にするということです。
消防に限らず日本人はこのノン・アサーティブな自己主張が多いといわれています。これは典型的な「LOSE-WIN」のコミュニケーションになってしまいます。
特に一つのミスで人命を左右する救急現場で相手の気分を害すことを気にして自己主張しないのは傷病者の命を危険に晒しかねません。
それでは会話形式でノン・アサーティブな自己主張を確認してみましょう。

後輩!この前の交通事故事例だけど、病院からなぜ全身固定しなかったんだって指摘が入ったぞ。
救急救命士のお前がしっかりしなきゃダメじゃないか!

はぁ、傷病者は意識状態が悪かったし、首を痛がっていたので全身固定するべきでした。
(先輩さんがテンパって早く救急車に入れるよう指示したから従ったんだよな・・・)

だいたい止血するのが遅くて血圧は下がっていくし、お前と救急車に乗ると散々だよ。

すいませんでした。今後は気を付けます。
(出血には気づいていたけど、先輩の指示に逆らうと怖いんだよな)
(我慢してばかりでムカムカ)
この例では後輩くんは全身固定や止血の重要性を理解していましたが、先輩さんの早期搬送の指示を優先し、自己主張を行いませんでした。
このようにノン・アサーティブに徹すると不満や後悔などの第一感情が溜まるのはもちろん、傷病者の命も危険に晒しかねないのです。
救急救命士の使命は人命を救うこと。必要な場合は上司であってもしっかり自己主張しましょう。
アサーティブな自己主張
ここまでアグレッシブとノン・アサーティブな自己主張をご紹介してきましたがいかがでしたか?
最後はもっとも理想的な自己主張であるアサーティブ。「WIN-WIN」のコミュニケーションです。
この3つの自己主張はよくドラえもんに例えられます。
アグレッシブはジャイアン。ノン・アサーティブはのび太君。そしてアサーティブはしずかちゃんです。
彼女は相手の気持ちを尊重しつつ自分の自己主張もしっかりしていますよね。
それでは会話形式でアサーティブな自己主張を確認してみましょう。

後輩くん、さっきの救急活動だけど特定行為に少し時間がかかりすぎてしまったね。
もう少し手技を早くするにはどうすればいいか教えてくれるかい?
(思考のコントロール)

すいません。静脈路確保がなかなか上手くいかず時間がかかってしまいました。
血管に針を刺す練習をすれば活動時間をもっと短くできると思います。

そうか!じゃあ、消防署に戻ったら早速救急訓練を行おう。
(行動のコントロール)

はい!今度は同じミスをしないように訓練に励みます。
この例では先輩さんは活動が遅延したことに内心イライラしていましたが、思考のコントロールや行動のコントロールを上手く使いながら、後輩くんに対してアサーティブな自己主張を行っています。
未来質問や肯定質問を使って相手に気づきを与えながら、自分の自己主張もしっかりする。まさに理想的なコミュニケーションの形ですね。
アンガーマネジメントとコーチングの相乗効果で怒りのコントロールだけではなく、このように後輩の育成も行えるのです。
是非、アサーティブな自己主張を意識してみてください。きっと相手とのWIN-WINが感じられることでしょう。



3つの自己主張ってまさにドラえもんの3人だね!!
僕もしずかちゃんのように自分も相手も嫌な思いをしない話し方がしたいな。


アグレッシブやノン・アサーティブな自己主張は結局どちらかが我慢しなきゃいけない。
自分も相手も納得性の高いアサーティブな自己主張を目指していきたいね!!


救急救命士のアンガーマネジメント。怒りのコントロールは今後も更に重要になってくるでしょう。
消防士時代、私はよく先輩に叱られて第一感情が溢れだし怒りを自分の中にため込んでいました。
怒りは自分が本来持っている能力の発揮を阻害します。学生時代に何でもそつなくこなしていた自分が消防では何もできないことに落胆する毎日。
経験が浅いことはもちろん一つの原因ですが、今思えばやはりこの怒りの感情が自分の成長を妨げていたように感じます。
私が消防士時代や現在でも実践しているアンガーマネジメントをQ&A形式でご紹介します。
- 怒りの原因を教えて?
- 消防士時代、本当に多くのことで叱られました。救急活動や訓練はもちろん、事務処理や料理など至る所を指摘され自分の中の第一感情がみるみる溜まっていき、自身の「こうあるべき」を押しつけて執拗に指摘を繰り返す先輩達に対し我慢できずに怒りを露わにすることもありました。そうすると「生意気なやつ」というレッテルを貼られ、更に集中的に叱られるようになっていったのです。
- どうやって第一感情を逃がしたの?
- 幸い消防士は休みが多いので休日は同じ悩みを抱える消防学校時代の同期生達と交流してストレスを発散したり、自分の事を理解してくれる先輩達に飲みに連れて行ってもらったりしながら、なんとか第一感情を逃がし怒りが表れるのを防いでいました。それでも職場に行けばまた辛い、苦しいという感情が溜まっていくという負のループに完全にハマっていました。
- どうやってその状況を改善したの?
- ある時、現状を変えようと決意して職場で一番厳しいと恐れられている先輩に対して自己主張してみることにしました。その先輩の意見を全面的に認めつつ自分の意見もしっかり伝えるようにしたのです。そうすると不思議とその先輩から叱られることが減りました。それに伴い他の先輩に指摘されることも少なくなっていったのです。後にその一番厳しかった先輩は私の良き理解者としてプライベートも含め親身になって面倒を見てくれました。
消防を退職する事を決めたとき「お前はお前の道をいけ!」と心からのエールをいただいたことは今でも鮮明に覚えています。


パパも消防士時代にそんな辛い経験をしていたんだね。
友達に相談したり、厳しい先輩に自己主張することでそれを乗り越えた。
最後の先輩の言葉に僕なんだか感動しちゃったよ。


今までの人生でここまで人に叱られた経験が無かったから本当に辛い期間だったよ。
でもあそこで先輩に対してキレてしまったり、我慢しすぎて病気になったりしたら今の自分はなかった。3つの怒りのコントロールやアサーションをすることで乗り越えることができたんだ!!
アンガーマネジメントって本当に大切だって心から思うよ。


・怒りは第二感情であり第一感情が溢れると表われる
・衝動・思考・行動のコントロールが有効的
・アサーティブな自己主張が効果的
今回は救急救命士のアンガーマネジメントについてご紹介しました。
怒りは人間に本来備わっている自然な感情です。しかし、それが強く出過ぎると自分だけではなく周囲のパフォーマンスも大きく下げてしまいます。
最近ちまたでよく耳にする「自分の機嫌は自分で取る」この言葉がすべてを物語っています。
第二感情の怒りが出てしまう前に、自分の中の第一感情を見つめそれを上手く逃がすことがポイントですね。
病院前救急医療のプロである救急救命士としてアンガーマネジメントを是非実践してみてください!!
今回ご紹介したアンガーマネジメントがあなたやあなたの周りの方々のお役に立てたのなら、こんなに幸せなことはありません。


救急救命士と怒りのコントロール。
これからは上司であっても理不尽な怒りは通用しなくなります。
パワハラやモラハラが注目されている今、アンガーマネジメントは必須の技術になりますね。
救急救命士のことをまとめているこちらの記事も是非ご覧ください。


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