皆さんは救急救命士養成学校の先生の中に救急救命士がいることをご存じですか?
救急救命士資格を取得するには大学や専門学校、もしくは消防の救急隊員を経て研修所で専門知識を学んで国家試験に合格する必要があります。
令和3年3月に実施された第44回救急救命士国家試験の結果は以下になります。
出願者数 | 受験者数 | 合格者数 | 合格率 |
3052人 | 2999人 | 2599人 | 86.7% |
令和3年の医師の国家試験合格率が「91.4%」看護師の合格率「90.4%」には及ばないながらも「86.7%」と高い合格率をほこっているのは、その裏に教職救急救命士達の努力があるのです。
また近年は救急救命士の処置範囲の拡大、法改正により病院内が職域追加されるなど大きな変化が続いています。

この変化の激しい時代において、学生達を救急救命士の国家試験に合格させプロの医療従事者として育てるため日々奮闘している教職救急救命士について解説します。
・教職救急救命士ってなんなの?
・教職救急救命士ってどんな仕事をしているの?
・教職救急救命士の生の声が聞いてみたい。

こんにちは。民間救急救命士歴15年、元消防士のKIDです。
教職救急救命士は未来の救急救命士を育成する指導者。
彼らは学生達に寄り添い、時には叱り、時には励ましながら道を示す。
未来の病院前救急医療の専門家を育てるという重要な使命を持っている教職救急救命士。
この記事が皆さんに教職救急救命士を知っていただくきっかけになってくれると幸いです。
目次

教職救急救命士とは大学や専門学校の教員として学生を指導し知識やスキルを授け、国家試験合格をサポートする救急救命士のことを言います。
救急救命研修所や消防学校に派遣されて期間限定で救急救命士を養成する消防士兼任の教職救急救命士も存在します。
現在、救急救命士法34条に定められている救急救命士の教育施設は全国に44校。(大学16校、専門学校28校)
彼らは北は北海道から南は沖縄まで未来の救急救命士育成に尽力しているのです。

救命士さんの中には先生もいるんだね。
パパも学校で勉強して救命士になったの?

そうだよ。専門学校で3年間勉強して救命士になったんだ。
親身になって教えてくれた先生達には感謝してもしきれないよ!!
教職救急救命士になる方法
教職救急救命士になる方法は2つあります。
①大学院で修士・博士課程を修了し大学の教員となる
②消防救急救命士の経験を活かして専門学校の教員になる
同じ教職救急救命士でも両者の特徴には大きな違いがあります。
前者は学問として救急救命士学を修めた者であり、学生の教育だけではなく研究・発表などにも積極的に取り組んでいます。
後者は現場経験を経て教員になった救急救命士。豊富な経験を生きた知識に変えて学生をプロの医療従事者にするべく教育を行います。
大学教員救急救命士
大学の教員になる場合は大学院で博士課程もしくは修士課程を修了することが一般的です。
学生への教育や研究を行いながら「助教」「准教授」「教授」とステップアップしていきます。
2000年に全国の大学で初めて救急救命士を目指せる学科を開設した国士舘大学体育学部スポーツ医科学科では、2018年に救急救命士の教授が誕生しました。
近年、多くの救急救命士達が大学院を経て大学教員として活躍しています。
彼らの強みは研究や論文を通して養ったロジカルな思考。救急医療の学会では大学教員の特徴を活かしたデータに基づく研究発表により、救急救命士の活用や未来が他の医療従事者を巻き込み活発に議論されています。
今後、彼らの手で救急救命士のフィールドである病院前救急医療は「救急救命士学」として発展していくことでしょう。


救命士さんて大学の先生にもなれるの??

簡単になれるわけじゃないけど、大学卒業後に大学院に通ったり、最近は働きながら大学で学んで修士号をとる救命士も増えているんだよ。
専門学校教員救急救命士
専門学校の教員になる場合資格は特に必要ありません。救急救命士としての知識とスキル、そして情熱があれば学生達を指導することができます。
救急救命士資格者の他にも看護師資格取得者が教員を務めている学校も多く存在します。
1992年に北海道のハイテクノロジー専門学校が救急救命士学科を開設したことで教職救急救命士が誕生しました。
大学と違い2年もしくは3年で必要なカリキュラムを修了する必要があるため、短期集中型の教育が行われています。
・基礎分野:科学的思考の基礎・人間と人間関係学
・専門基礎分野:人間の構造と機能・疾病の成り立ちと回復の過程・健康と社会保障
・専門分野:救急医学概論・救急症候・病態生理学・疾病救急医学・外傷救急医学・臨地実習等
専門学校は大学と違い高校と同じように朝から夕方まで途切れることなく授業があります。
その分、学生達と接する時間も長くなるのでより濃い人間関係構築が可能です。
短期間で学生から救急救命士という救急医療の専門家に育てる、責任とやりがい溢れる仕事ですね。


学生さん達とたくさん関われる専門学校の先生ってやりがいがありそうだな!

パパも消防を辞める時、専門学校の先生になりたいって思ったことがあるよ。
学生さん達と深く関われるからやりがい抜群!!
次は専門学校の教職救命士の仕事を紹介していくからね。

人を救うという志を持った学生を、しっかりと導き時には叱咤激励しながら医療人へ育てる教職救急救命士。
そこには直接の教育指導だけではなく、学生達を一人前の救急救命士にするために涙ぐましい陰の努力があるといいます。
ここでは専門学校の教職救急救命士の主な仕事をご紹介します。
・学生への医療知識の講義・救急救護技術の指導
・クラス運営、生活指導
・講師依頼、病院実習・救急車同乗実習調整、イベント調整
・国家試験対策、公務員試験対策、就職・進路指導
学生への知識・技術の指導
救急救命士の国家試験を受験するには厚生労働省が指定する科目をすべて履修する必要があります。
厚生労働大臣の指定する科目は、公衆衛生学、医学概論、解剖学、生理学、薬理学、病理学、生化学、微生物学、看護学概論、内科学、外科学、小児科学、産婦人科学、整形外科学、脳外科学、精神医学及び放射線医学のうち13科目である。
厚生労働省:第44回救急救命士国家試験の施行から引用
これらの必須科目を2年もしくは3年で国家試験合格レベルに引き上げることが教職救急救命士の使命。
学科教育では人体の特徴を学ぶための基礎的な生理学、解剖学から始まり、徐々により現場に即した高度な医療知識を習得させていきます。
実技教育は傷病者の観察、止血や骨折固定などの応急処置、搬送法、特定行為等、現場で即活躍できるように実践的な内容になっています。
学科教育は医師や看護師等外部講師が担当することも多いのですが、実技は救急現場で身につけた技術を生きた知識として学生達に伝授します。

このように救急救命士の専門学校では学科、実技を高校と同じく1日を通して学んでいきます。
様々な教育、経験を通して学生達はプロの医療従事者としての自覚を持ち、人命救助のスペシャリストとして育っていくのです。
クラス運営・生活指導
救急救命士学科は通常、高校同様に同じメンバーが毎日決まった時間に登校して救急救命士の勉強をします。
学生達が日々快適に学ぶためのクラス運営や生活指導も教職救急救命士の重要な仕事。
特に救急救命士を目指す学生は体育会系でやんちゃな人間も多いので、規律や協調性を指導するのは最大の試練かも知れません。
各人の性格や能力を見極め、長所を伸ばし短所を克服させる。そんな能力が必要になります。

パパの通った専門学校には何か決まりがあったの?

そこまで厳しい規則は無かったけど、消防士を目指す上で相応しくないという理由で茶髪やピアスは禁止だったよ。個性豊かな学生が多かったから先生達は苦労しただろうな。
これから救命士の職域がもっと広がればその辺のルールも変わってくるかもね!!
講師依頼・実習受入れ調整

講義に来てくれる講師依頼や病院実習、救急車同乗実習の調整も教職救急救命士の仕事。
忙しい医師への講義依頼や日々命に向き合っている病院や消防署に学生を送り込むには大きな責任が伴います。
・病院実習:救急外来や病棟を回り医師や看護師の患者対応や処置、実際の手術を見学する。
・救急車同乗実習:消防署で実際に救急車に同乗して、救急救命士や救急隊員の活動を経験する。
・イベント救護実習:マラソン大会や大規模イベントのモバイル救急隊として救護を経験する。
・自衛隊体験入隊:自衛隊に体験入隊し、組織としての規律や体力向上の必要生について学ぶ。
・山岳・リバーレスキュー体験:山や川での遭難などに対応するロープレスキューについて学ぶ。
・海外研修:海外の消防署などを訪問し、日本との違いや考え方を学ぶ。
救急救命士としての知識・技術はもちろんこれから医療従事者になる彼らに実習を通してプロとしての覚悟と意識を持たせること。これが非常に重要となります。
この実習の経験を通してそれまでの価値観が大きく変わる学生も少なくありません。
彼らにより多くの学びや気づきを与えるには何が必要か?どんな実習やカリキュラムが有効なのか?
今後の救急救命士人生の核となる実習。教職救急救命士の采配しだいでその後の人生に影響を与える重要な仕事です。

パパも学生さんの時、病院実習や救急車同乗実習をしたの?

3つの病院での病院実習と地元の消防に救急車同乗実習に行ったよ。
すべてが初めての経験でとても緊張したけど、命の現場のリアルが知れてとっても勉強になった。
もう20年近く前のことだけど、そこで経験したことは今でも鮮明に覚えているよ!!
国家試験対策・公務員試験対策・就職進路指導
救急救命士の専門学校の最大の目的は学生達を救急救命士の国家試験に合格させることです。
令和3年3月に実施された国家試験を専門学校生だけに限定するとその合格率は76.3%。
学校によって合格率は違いますが平均すると4人に1人は試験に合格できない計算になります。
数年かけて救急医療の知識や技術を身につけても国家試験に合格できなければ救急救命士として働くことはできません。学生達の国家試験合格は教職救急救命士にとって至上命題なのです。
出願者数 | 受験者数 | 合格者数 | 合格率 |
1138人 | 1123人 | 857人 | 76.3% |
また、消防機関への就職率も団塊世代の退職ラッシュが終了してからは飽和状態となっています。
消防の採用枠や人口減少から今後、学生の3~4割は消防機関に就職できないという見解も出ています。

このような厳しい状況の中、一人でも多くの学生が資格を活かせるように希望の就職先に就職させること。
国家試験合格と双璧をなす公務員試験の合格。多くの専門学校では公務員試験合格のためのカリキュラムや面接の練習などに多くの時間を割いています。

せっかくたくさんお勉強したのに国家試験に落ちたり、救命士として働けなかったら困るなぁ。

専門学校の先生達は国家試験前に一生懸命補習授業をしてくれたり、
就職先のアドバイスや面接の練習をしてくれたよ。
あの時の先生達の献身には今でも感謝してるんだ。


教職救命士さんて大変そうだけど、とってもやりがいがありそう!!

そうだね。彼らは人の命を救うという現場からは離れているけど、
彼らが育てた救急救命士達が日々、人命救助に奮闘している。
今回は消防時代の先輩の教職救命士さんにインタビューしてみたよ。
- なぜ教職救命士という道を選んだの?
- 救急救命士資格を取得してから必死で人命救助に当たってきました。
消防士になって20年を節目にこの経験をこれからの若い人達に伝えたい。
そう思い立ち消防を退職し、専門学校の教員になりました。
- 普段はどんな仕事をしているの?
- 担任を持っているので毎日学生達と一緒です。
仕事のメインは担当の学科教育とシミュレーションを教えています。
親元を離れて専門学校に通っている学生も多いので生活指導や悩み事の相談に乗ることも多いですね。
- 教職救命士になって苦労していることは?
- 学生全般に言えることですが、特に1年生はまだまだヤンチャ盛りで救急救命士になるという意識が薄い。彼ら彼女らにどうやったら病院前救急医療のプロである救命士としての自覚を持たせられるか。これが最大の課題かも知れません。
- 消防救命士と教職救命士の違いは?
- もう全く別物ですね(笑)
消防士時代は救急出動がなければ自由に使える時間もあったし24時間勤務とはいえ休みが多かった。
専門学校の教員になってからは仕事中はもちろん、休みの日でも学生達のことを考えています。
救急現場の緊張感や傷病者を助けるという充実感は何物にも代えがたいのですが、学生達と切磋琢磨しながら日々の成長・変化を間近に見られることに大きなやりがいを感じています。
- これから教職救急救命士を目指す方々に一言お願いします。
- 救急現場で救急救命士の資格を活かせなくなってしまったことは少し寂しいですが、これまでの経験すべてが専門学校での指導に生きています。また、JPTECやICLSなどの医療系セミナーでのインストラクターを経験していたことが自分には大きいですね。
学生と向き合うことは苦労も多いですが、天真爛漫な彼ら彼女らを見ていると、自分もまだまだ頑張らなければならない、成長し続けなければならないと気持ちが奮い立ちます。
未来の救急救命士を育てるという情熱をお持ちの方。一緒に頑張りましょう!!

・教職救急救命士になるには大学教員と専門学校教員の2つのパターンがある。
・仕事内容は教育だけではなく、クラス運営や実習調整、進路指導など多岐にわたる。
・消防士時代の救急現場やインストラクター経験が学生を指導する上でも役に立つ。
教職救急救命士についておわかりいただけたでしょうか?
教職救急救命士は未来の救命士達を育てる教育者。そのことで彼らはたとえ救急現場に出なくても永遠に人命を救い続けることができるのです。
常に学生達のことを考え、教育者として時には父や母のように暖かく彼らに寄り添い導いていく。まさに聖職者そのものですね。
今後、救急救命士の処置範囲が拡大されたり、職域が病院内に広がればそこで必要なスキルも変わってきます。教職救急救命士の挑戦はこれからもまだまだ続くのです。
学生達のために心を燃やす彼らから今後も目が離せませんね!!

未来の救命士達を必死に育てている立派な職業である教職救急救命士。
教職救急救命士以外の資格の活かし方を知りたい方はこちらの記事をご覧ください。

先生って、どうしても、過去、第一線で活躍してた人になってしまいますよねー。先生をやった後、また現場に戻れたりする仕組みがあれば、教育の質は上がるんでしょうねー。
コウさん
コメントありがとうございます。
確かに片道切符ではなく先生になっても希望すれば現場に戻れるというような自由な選択肢があれば質は上がりそうですね!!
どうしても行政の縦割り組織では難しい・・・
看護師さんのようにスペシャリストとして職場を選択できるようになれば救命士資格はもっと輝きますね。